1-謡の等級

◆曲の等級(レベル)
 能の曲には、番目・季節の他に「等級」の別があります。

 観世流に関してお話すると、5級から1級までの『平物(ひらもの)』と、「準九番習(じゅんくばんならい)」「九番習(くばんならい)」「重習(おもならい)」という『免状物(めんじょうもの)』とに曲が分けてあり、稽古をする際の目安ともなっています。ただし「等級」と言っても、単に節(ふし)の難しさや曲の長さで決まってくるわけではなく、実に色々な要素が絡まって決められています。また、ピアノの稽古のようにバイエルから始めてどんどん難しい曲に挑戦していくというのとはかなり考え方が違います。

◆お稽古はじめ
 観世流の場合、俗に『初心者本』というものがあり、「鶴亀(つるかめ)」からお稽古を始めるようになっています。ピアノのコンサートで巨匠がバイエルを弾くことは多分ありませんが、この「鶴亀」は人間国宝の方でも舞台の上で演じますし、玄人にとってかなりな大曲とも思われています。

◆級の高い低い
 級の高い低いは”そのシテをその曲らしく演じることが難しいかどうか”で決まっているようで、シテが少年の「田村」や「小鍛治(こかじ)」は5級ですし、シテが老人の「高砂」や「老松」は1級です。

 脇能の場合でも『真之一声(しんのいっせい)=出(シテが登場する時)の囃子の種類』で登場する老人の曲は、おしなべて級が高く、普通の一声で出る「竹生島(ちくぶしま)」は5級です。

 直面物(ひためんもの)でも「小袖曽我(こそでそが)」「小督(こごう)」などは曲のストーリーが単純ですから4・5級ですが、「七騎落(しちきおち)」や「仲光(なかみつ)」などはシテの心中を上手く描かなくてはならないので1級になっています。

 実際にはどの曲も易しいという感じは無いのですが、役作りをしやすい曲は級が低くなっているように思います。

 級が高めなのは、脇能や三番目鬘物(特に序之舞を舞う本三番目物、例えば「井筒(いづつ)」や「野宮(ののみや)」)に多く、いずれもシテをその曲らしく謡うのには大変な工夫と根気がいります。

2-歌の等級2

◆準九番習(じゅんくばんならい)
 その上にある「準九番習」とは、「花筐(はながたみ)」「弱法師(よろぼし)」「盛久(もりひさ)」「西行桜(さいぎょうざくら)」「山姥(やまんば)」「玄象(げんじょう)」「松風(まつかぜ)」「実盛(さねもり)」「接待(せったい)」の九曲で、これは平物の延長線上にある謡い方で、通用します。

 例外は「接待」で、この曲は観世流では一度廃曲になった曲を復曲したので軽い扱いとなっています。しかし、他流では重習に近い重い曲です。

 準九番は後から出来た免状なので、平物の中から難しい曲が選ばれています。そのために謡い方は「習物だから」と言う理由で謡い方を変えているような部分も見受けられます。

◆九番習(くばんならい)
 ここから上の曲は、それぞれ独特の謡い方を必要とします。

 「九番習」には、「藤戸(ふじと)」「俊寛(しゅんかん)」「大原御幸(おはらごこう)」「景清(かげきよ)」「鉢木(はちのき)」「隅田川(すみだがわ)」「遊行柳(ゆぎょうやなぎ)」「定家(ていか)」「当麻(たえま)」の九曲がありますが、これらの曲は、今までの平物や準九番の曲とは微妙に曲の設定が変わっています。

 例えば、狂女物の中で唯一、探し求める子供が死んでしまっている「隅田川」。自らが殺生をして死後地獄に堕ちて苦しむのではなく、手柄を独り占めするための口封じに殺され、成仏できずに苦しむ「藤戸(ふじと)」。直面物や鬘物で全く舞がない「鉢木」「大原御幸」。・・と言った具合に、他に似たような謡い方をする曲がないのが九番習の特徴です。

◆重習
 重習には「初伝」「中伝」「奥伝」「別伝」と、更に細かい分類がなされています。

 初伝の曲は「神歌(翁)」「勧進帳」「砧(きぬた)」「求塚(もとめづか)」「乱曲上之巻(らんぎょくじょうのまき)」「梅」の六曲です。(梅若家と観世喜之家には「梅」がありません。)

 中伝は「恋重荷(こいのおもに)」「望月」「起請文(きしょうもん)」「卒都婆小町(そとばこまち)」「木賊(とくさ)」「乱曲中之巻」の六曲です。

 奥伝は「石橋(しゃっきょう)」「願書(がんしょ)」「鸚鵡小町(おうむこまち)」「道成寺」「乱曲下之巻」の五曲があります。

 別伝は「鷺(さぎ)」「三曲(さんぎょく)」「檜垣(ひがき)」「姨捨(おばすて)」「関寺小町(せきでらこまち)」の五曲となっています。

◆披きの条件
 これらの曲は玄人であっても勝手に上演することは許されず、師匠家の許しを得て初めて舞台で上演することができます。許可基準は特に定まったものではありませんが、年齢、芸歴、立場などで変わってきます。

 上記の曲の中にも色々な制約がありまして、「神歌(能では翁)」の場合は、「翁」が楽屋内女人禁制のため、女性は還暦を過ぎないと素人の方でも免状の申請ができません。(六〇歳過ぎたら女として見ないということなのでしょうか?)玄人でも、女性の場合は翁が終わるまでは楽屋に入れませんので、当然やることも許されません。

 玄人の場合は「翁」「石橋」「道成寺」の三曲は必ず通らなくてはならない道で、特に道成寺は、この曲をやって始めて一人前として扱われ、同門に於いては道成寺を披いた順に序列が決まるとも言われています。

 「勧進帳(安宅)」「起請文(正尊)」「願書(木曾)」は俗に『三読物(さんよみもの)』と呼ばれていますが、曲そのものは三級で、読物の部分が重習の小書となります。もしも安宅に勧進帳の小書を付けなかった場合は、勧進帳を弁慶一人ではなく、ツレの同山と共に淡々と読むのだそうですが、一度も拝見したことがありません。

 「望月」「石橋」は謡よりも、曲中にある舞の「獅子」が重習なので、扱いが重くなっています。物語そのものは平物と大差ないのですが、獅子があるために、重習らしい謡い方が後からできたようにも思います。

「鷺」は唯一16歳以下60歳以上という年齢制限がある曲で、人間は純真無垢の時でないと白鷺にはなれないと言うことのようです。特に子供の鷺は扱いが重く、玄人の子供であっても子供時代に鷺を披けるのは、職分家以上の家の長男のみと聞いています。また、鷺は真白な装束の曲ですが、完全に白一色にできるのは宗家のみで、弟子家の場合は必ずどこかに色を入れることになっています。

 別伝の「檜垣」「姨捨」「関寺小町」を『三老女』と言い、最高の秘曲という扱いを受けています。昔は全部披かずに一曲は残すものと言われていましたが、最近では全部舞われた方もいらっしゃいます。

 「重習らしさ」という物が曲の位や雰囲気を作り出していますので、このクラスの曲になればシテによって全く違う印象をうけることもあります。「何が正しい」ではなくて「らしければそれで良い」と言う考え方が強いので、色々なシテの舞台をご覧になることをお薦めいたします。

3-祝言曲

◆謡初め
 能楽師の正月は謡初め(うたいぞめ)から始まります。それぞれの家でいろいろなスタイルではじめますが、まず舞台で「神歌」を謡って一年の始まりとなります。、神社での「翁」の奉納などで元日の午前0時から舞台を勤められる家もありますし、上野東照宮の奉納のように2日に行われるところもあります。

◆翁
 「翁」は私達にとっては特別な扱いの曲で、今でも細かい決まり事の多い儀式曲です。

 「天下泰平」「五穀豊穣」を願った曲で、この曲の時は楽屋内が女人禁制となり、例え玄人であっても女性は楽屋に立ち入ることは出来ません。鏡の間には祭壇が飾られ、始まる前に後見が火打ち石で切り火をし、出演者全員が御神酒を頂き、洗米と塩を身に振りかけて舞台に上がります。

 シテと千歳は、昔は27日間の「別火潔斎(べっかけっさい)」をして舞台に臨みました。この別火潔斎とは、火打ち石で熾した火を竈に移し、男2人でその火を使って煮炊きをし、身を清めるということをします。

 現在では前日の夜から奥さんを実家に帰したり、逆に自分がホテルに泊まったりして、形なりの別火をする事が多くなっています。

 三番叟を勤める狂言方の中には、朝に水ごりを取ってくる方もいらっしゃいますし、「翁をはじめて勤める朝、親父に風呂場で頭から水をぶっかけられた」と言っている囃子方もいます。それぞれに思い入れの強い曲です。

◆脇能
 翁に続いて演じられるのが「脇能(わきのう)」です。最近では、翁無しでいきなり脇能という会も多くなりました。翁と一緒の場合を「翁付き」と言い、曲によっては出の囃子や謡の文章が変わります。

 さらに能の後に狂言が付くのもあり、これを「脇狂言」と言います。ここまでやるとぶっ通しで約3時間は掛かり、その間囃子方は舞台に出ずっぱりになるので、トイレが我慢できるかが大問題となったりします。

◆他の祝言曲
 祝言曲はたくさんありますが、大晦日の曲である「絵馬」。十二月の神事「和布刈(めかり)」。桜の「嵐山」や初夏の「賀茂」のように季節感が強い曲や、「道明寺」の様に翁付きにならない曲もあります。

 逆に「邯鄲」「猩々乱」は翁付きになりますが、曲そのものは脇能ではありません。

◆祝言小謡
 祝言曲の一部を謡うのが「祝言小謡」で、結婚式や長寿のお祝いの席などで座興に謡ったりすることがあります。一般的なのは「高砂」ですが、結婚式では家が末代まで栄えると言う意味から「猩々」も良く使われます。

 長寿のお祝いならば「老松」や「鶴亀」が、建前や新築祝いの時には、火を嫌う意味から水に縁の「養老」や「菊慈童」が良く謡われます。成人式には元服の能「烏帽子折」がピッタリです。

 このように色々なシチュエーションに合わせた曲がありますから、何曲か覚えておけば大抵の宴席で余興に困ることはありません。ただし小謡の場合言葉が若干変わる事がありますから、出来れば習っている先生に一言断って、アドバイスを貰った方が賢明です。

 能の会の附祝言も普段は「高砂」を謡うことが多いのですが、その日の番組に出ている曲は謡えないので、留めの曲の地頭はチェックをして、何の曲を謡うかを周りに伝えなくてはなりません。

 「あしたはあおい猩々」と言う言葉があるのですが、どういう意味かわかりますか?「あ」は嵐山、「し」は志賀、「た」は高砂、「は」は白楽天、と言う具合に語呂合わせで、良く謡う脇能を並べてあるのです。もちろんこの他にもたくさんありますが、いきなり「附祝言は志賀で」と言われても一句も謡えません。普段謡っているのはホンの数曲というわけです。


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