能の職制

1-能の職制

 能楽師はシテ方とワキ方・囃子方(能管・小鼓・大鼓・太鼓)・狂言方(間狂言を含む)に分かれています。ひとりの人間が役を兼業する事は決してしません。

※シテ方  
 シテ(主役)・ツレ(補助役)・子方・地謡(バックコーラス)・後見、を勤める。観世流、宝生流、金春流、金剛流、喜多流の五流がある。

※ワキ方 
 シテの相手役。多くは現在人の役。面はつけない。福王流、宝生流、高安流の三流がある。

※狂言方 
 狂言の演者。小劇団単位で狂言の公演をする。能の中では「間狂言(あいきょうげん)」を演じる。大蔵流、和泉流のと二流がある。

※囃子方 
 一人一芸で他の楽器との兼業はしない。笛、小鼓、大鼓、太鼓の四役に分かれる。
 
 笛方:森田流、一噌流、藤田流
 小鼓方:観世流、大倉流、幸流、幸清流
 大鼓方:葛野流、高安流、大倉流、石井流、観世流
 太鼓方:観世流、金春流

2-能の職制2

◆縦割りの伝承方法
 能はそれぞれのパートがパズルのピースのように出来ていて、しかもそれは流儀が変わっても、シテはシテ、笛は笛で同じ形になっています。ですからシテ・ワキ・囃子・間狂言をバラバラに組み合わせても、殆どそのまま完成した一つの作品にすることが出来ます。

 これには地域も関係なく、東京のシテに名古屋のワキ、京都の笛に福岡の大鼓、のような組み方をしても、普通の曲ならばいきなり舞台で合わせてもピッタリ合うものです。これが封建社会の知恵と言われる、縦割りの伝承方法です。

 また、玄人は自分の役以外も全て一通りは稽古するのが決まりです。囃子方が装束を附けて能を舞っても、シテ方に囃子をやらせても、そこそこ無難に勤められる程度には仕上げてあるものです。この稽古を怠り、自分の役だけしか知らなかったりすると、舞台では通用しません。

 全ての基本は能の詞章部分=謡曲にあります。囃子方であっても、最初はシテ方について謡の稽古をします。玄人の子供ならば、囃子方の子供でも子方として舞台に上がることも珍しくありません。

◆子供の稽古
 特に子供のうちは手が小さ手が小さすぎる・肺活量が足りない・子供サイズの楽器は無い、などの理由で、囃子の稽古は思うように出来ません。中学生くらいになるまでは基礎訓練に終始します。

 実際に稽古が始まると後は経験が物を言うようになります。また謡が謡えるかどうかで修行のペースが変わってきます。シテ方はもとより、囃子方も謡を覚えていないと自分の打つ手組(てくみ)が覚えられませんし、謡の緩急に合わせることもできません。

◆囃子の稽古
 囃子とは、謡曲を囃すのであり、謡が囃子に合わせるのではありません。打っている囃子方は自分の謡う謡以上には上手く打てませんし、謡っているシテも自分が打つ囃子以上には上手く謡えないものです。舞っているシテも囃子がわからなくては、まともに舞台を勤めることは難しくなってしまいます。

 しかし、だからと言って囃子方が「俺の方が上手く舞えるからシテと代わって舞台に立つと言ってもそれは認められません。たとえ玄人になる前でも、家を継ぐ人間なら、まずこれは不可能でしょう。男の子が何人もいる場合は囃子方の子供がシテ方になったりすることもたまにありますが、実際には能の道に進まず、他の職業に就く例も多いようです。

◆例外
 例外としては舞台上でトラブルがあった時に限り、如何なる職種でも代役を立てることがあります。本番中に誰かが倒れたり、開演時間になっても舞台に来なかった場合(ごく希にあります)などは、できる人間が代わりに舞台を勤めます。本番中の場合、舞台の後ろに座っている後見(こうけん)が全ての代役を勤めることになっております。能における後見は、舞台上では一番責任を背負っている役割と言えます。ですから本来主後見(おもこうけん)は、シテの師匠や、先輩でその曲を修得した人がやることになっていて、総監督のような立場から舞台全体に気を配らなくてはなりません。

 もう一つの例外が「乱能(らんのう)」と呼ばれる催しです。記念日やお祝いに行う行事で、玄人が、日頃やっている役を全部取り替えて1日の番組を行います。囃子方や狂言方がシテやワキを舞い、シテ方やワキ方が囃子を打つので、玄人はだしに上手い能もあれば抱腹絶倒の珍プレーも飛び出すという、見てもやっても、とても楽しいイベントです。(残念なことに最近あまり行われませんが・・・)


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