「知っておきたい能の知識」

日本の伝統芸能−「能」−について、基本的な解説と、
雑学を交えて、気楽に 学んでいただく入門編です。
毎月1項目程度のペ−スで、まとめていきます。
メ−ルマガジン同時発行中です。


<参考文献>
中森晶三「能のすすめ」(玉川選書)・「能の物語再発見」(たちばな出版)・他

1-能とは

 能は今からおよそ650年前に生まれた現存世界最古の古典演劇です。

 しかもただ古いだけでなくその当時の台本・演出をそのまま伝え、能面・装束までもが今もなお実際の使用に耐えうると言う特殊な演劇なのです。

 多くの演劇は、最初は斬新でも、社会が変わり、道徳・通念が変われば、やがて観客に飽きられ、新しい形態へ変わらざるを得ないという宿命を背負っています。

 しかし能は650年もの間、舞台・台本・能面・装束・楽器・演出・作曲・振り付け・セリフの発声・発音まで、昔の面影をきわめて色濃く残し、ないしはそのまま 使用できる、という世界でもきわめて珍しい演劇です。

 その原因は、数々の奇跡ともいうべき出来事によります。

 後述の「能の歴史」「 能と日本語」でゆっくりお話しすることにしますが、

 まずただの一演劇集団に過 ぎなかった結崎座が、将軍足利義満をスポンサーとしてGETしたこと。

 また、能 ではなく新興勢力の幸若舞(人間五十年〜で有名です)を贔屓にしていた織田信長が天下を取れずに、能キチガイといわれた豊臣秀吉が天下を収めたこと。

 さらに徳川幕府が能を武家式楽と定め、接待・饗応・儀式の公式芸能にした、という ことが、重要なポイントです。

 まあ今の日本人の殆どの人が「能は退屈で難解で、見たってしょうがない演劇」 と思っていると思いますが、当時(室町時代)の能というものは、流行の最先端を行く前衛演劇だったということを覚えておいて下さい。

 この後の文章でその誤解を解きつつ能の魅力をお伝えしたいと思います。

2-能の源流

 日本の芸能の源流の第一に「神楽(かぐら)」といわれるものがあります。この神楽 は現代の神社の「おかぐら」とは異なるもので、遠い祖先の抱いていた、八百万 の神への祈りとして「舞をなす」行為だったといわれています。

 形の整った芸能の源流としては、大陸から渡ってきた「雅楽」があげられます。しかし、日本人の心はみやびな雅楽より、歌あり踊りあり寸劇あり曲芸ありの俗楽「散楽」の方を好んだようです。

 もうひとつ忘れてならない源流のひとつに「声明(しょうみょう)=宗教芸能」 があります。お経の唱和、楽器演奏、舞踊などの僧侶達の芸事は、宗教芸能として庶民の心をとらえたのです。

 このように、神楽、散楽、声明という三つの源流が互いに影響しあい、混血しあ って、日本の数々の芸能−今様(いまよう)、催馬楽(さいばら)、宴曲(えん きょく)、郢曲(えいきょく)、風流(ふりゅう)、白拍子(しらびょうし)、 田楽(でんがく)、申楽(さるがく)などを生み出しました。

 その中で、頂点に立ったのが、能の創世者、大和猿楽結崎座の観阿弥清次だったのです。

3-能の歴史

 今からおよそ650年前の能は、京都・奈良に多数存在した大和猿楽と呼ばれた 演劇集団の一つに過ぎませんでした。

 中でも、観阿弥清次(かんあみ)・世阿弥元清親子(ぜあみ)の率いる結崎座( ゆうさきざ)を始めとする興福寺支配の四座(円満井・坂戸・外山・結崎)があ り、寺社などの法会の際に舞を舞い聴衆の人気を集め、都でも評判になっていま した。

 その噂を聞きつけた時の為政者足利義満。この義満が結崎座の芝居を見物に行っ たことが、能の運命を大きく変えたのです。大したことはない、とお思いになるかもしれませんが、これは現代においては天皇陛下が、渋谷ジャンジャンにお忍びで芝居を見に行かれるよりも大事件だった んです!

 そして義満がその時掛かっていた「嵯峨者狂」(さがものぐるい)を見て、父観阿弥の演出能力と、当時鬼夜叉と呼ばれた16歳の世阿弥の美貌に惚れ込み、パ トロンとして結崎座を一気にメジャーに引き上げました。

 男の子に魅せられる、同性愛?なんてうるさいことはなく、上流階級は綺麗なも のは何でも好きだったのです。 義満は、すぐに鬼夜叉を同胞衆に引き上げ、寵愛します。藤原の長者二条良基から藤の字を送られ「藤若」と改名もします。

 鬼夜叉、のちの世阿弥はこの幸運に溺れることなく、猿楽に貴族的教養を組み入 れ、大衆芸能から幽玄芸術へと大成させていくのです。

4―能と日本語

 時は足利氏の全盛から、織田・豊臣の時代を経て、徳川家支配と移ろいますが、 能は武家専用の芸能としてさらに厚遇を得ていきます。

 その一方で、大衆演劇の 空白を埋めるために、庶民の間では、歌舞伎が育っていきます。

 三代将軍家光の時に、能にとってその特殊性の根本となる、ある事が定められます。「参勤交代」の制度です。

 現代の日本において、私たちは「日本語」という共通語を持ち、初対面の人とで も会話が成立しますが、当時の日本には、地方の方言以外、「共通語」は無かっ たのです。

 初めて江戸に登ってきた大名達は会話が思うにいかず困り果ててしまいました。 その打開策として、当時武士が愛好して寵愛してきた能の詞章の部分、いわゆる 謡曲を全員が学ぶことによって、その発声・発音・語意を使って共通語とする、 という事が定められたのです。

 能は武士が、正しい発音、豊かな声量、優雅で荘重な身のこなしを身につけるための教科書=「支配者の芸能」として発達します。そして「武家式楽」として、 文章・演出などの勝手な変更を禁じられました。

 このようにして、能は「進化を禁じられた演劇」となったのです。

 そしてまた能は「見て楽しむ」芸能から、武士・支配者階級が「自らが演じて楽 しむ」芸能となったのです。

 そのため、能は素人である将軍・大名が、少しの努力で、端正で正確で迫力のあ る美しい舞台を表現できるよう、よりシンプルに、規格的で、安全で無駄を省い た、洗練されたものへと歩み始めていきます。


NEXT→ ↑に戻る  HOME(検索でお越しの方はこちらからtopにどうぞ)